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神戸地方裁判所 昭和31年(ヨ)578号 判決 1957年4月11日

債権者 岩城伸雄

債務者 株式会社 塩田組

主文

債務者が昭和三一年一二月一三日附をもつて債権者に対してなした解雇の意思表示の効力を仮に停止する。債務者は債権者に対し金三七、四二八円及び昭和三二年四月一日から本案判決確定に至るまで一ケ月各金九、三五七円をその月の二五日に仮に支払え。

訴訟費用は債務者の負担とする。

(注、無保証)

事実

債権者代理人は、主文第一、二項と同趣旨の判決を求め、申請の理由として次のとおり述べた。

「一、債権者は債務者(以下会社という)に雇われ計量係として勤務していたものであるが、会社は昭和三一年一二月一三日附書面をもつて債権者に対し就業規則の一部として定める賞罰規定第一四条第三、第六、第七及び第八号に該当するとして懲戒解雇の意思表示をなした。

二、しかしながら債権者は右賞罰規定に触れるような行為に出た覚えがないので、本件解雇は全く債権者が活溌な組合活動をなし組合を結成したことを嫌つて債権者を排除しかつ組合の破壊を企図した不当労働行為に外ならないから無効である。

すなわち、債権者は昭和三一年一〇月二〇日頃から同僚を勧誘して全日本港湾労働組合神戸地方本部に入会させたが、同月二四日同僚等と共に全日本港湾労働組合神戸地方塩田支部(以下組合又は第一組合という)と称する労働組合を結成し、債権者は選出されて支部長に就任し、翌二五日その旨会社に通知した。そして組合は会社に対し同年一一月一日には賃上等一一項目にわたる要求事項を示して団体交渉を申入れ、その後同年一二月一三日に至るまでの間数回にわたり団体交渉を持つたのである。ところでこのように債権者が組合活動をなし組合が結成されるに至つたことは会社の最も嫌うところであつて、このことは、会社において同年一二月一日業務命令として翌二日(日曜日)に全従業員の出社を命じ、その席上会社の利益代表者達の斡旋により、しかも従来主として会社の幹部従業員をもつて会社の繁栄に努力することを目的として組織されていた塩田組幹部会の構成員が組合役員となつて塩田組従業員組合(以下第二組合という)と称する御用組合を結成したこと、同組合との間にユニオンショップの協約を締結し第一組合員に対し第二組合に加入しないならば解雇する旨通告し第一組合の切り崩しをはかつたことをみても明らかなところである。結局右のような事態の下になされた本件解雇は先ず労働組合法第七条第一号に照し無効である。

次に会社は組合長である債権者を組合長であるが故に解雇しその結果組合を解消せしめ又は少くも弱体化せしめようとしたのであるから本件解雇は単に債権者個人に向けられた行為ではなく組合それ自体に向けられた行為でもある。そして会社は組合を自己の望むようにあらしめようとしたものであるから、これは明らかに支配介入といわねばならない。従つて本件解雇は労働組合法第七条第三号に照し無効である。

三、そうであるから債権者は今なお会社の従業員の地位にあるのに、会社は解雇を有効として従業員として取り扱わず、昭和三一年一二月一日以降の賃金の支払をしない。しかし、債権者は解雇当時手取平均賃金月額九、三五七円を毎月二五日に支給されていたものであるから、このように賃金の支給を受けないと手から口への生活をしている労働者としてはその日の生活を維持することも困難であり、本案判決の確定をまつていては回復することのできない損害を受けるおそれがある。そこで本件解雇の意思表示の効力を停止すると共に昭和三一年一二月一日以降の右同額の手取賃金の仮の支払を命ずる仮処分命令を求める。」

債務者代理人は、「本件仮処分申請を却下する。訴訟費用は債権者の負担とする」との判決を求め、答弁として次のとおり述べた。

「一、債権者主張事実のうち、債権者は会社の従業員であつたが、会社は昭和三一年一二月一三日附をもつて債権者主張の規定に該当するものとして懲戒解雇の意思表示をしたこと、会社は債権者から同年一〇月二五日会社に対し第一組合の結成並びに支部長就任の通知を受け、その主張のように団体交渉の申入があつて数回にわたり団体交渉を持つたこと、同年一二月二日第二組合が結成され会社とユニオンショップの協約を締結したこと、会社に塩田組幹部会なる組織があつたこと及び債権者の手取平均賃金がその主張のとおりであり毎月二五日支給していたことは何れもこれを認めるが、その余の事実は争う。

二、本件解雇をなしたのは次のような理由からである。

会社は昭和三〇年秋頃経理状態が悪化して来たので、ここに会社運営の抜本的改革をはかり、従業員の総意を会社再建のため反映さす方策としてその代表二十数名からなる塩田組幹部会を組織し、もつて職員管理制をしき、再建に努力して来たけれども、容易に好転せず、ついに昭和三一年一一月二七日須磨信用金庫の財産保全管理下におかれるに至つた。このような事態の下にあつては、従業員としても特に業務に精励しなければならないのに、債権者は左のような非行をくりかえしたのである。

(一)  昭和三一年一一月二六日頃小野浜現場控室において待機中不真面目にも椅子を並べて横臥し、いびきをかいて一時間程寝た。同所で机にもたれて居眼ることはしばしばであり、又横臥しようとして止められたことも多い。

(二)  上司の許可を得ないでしばしば無断で私用のため外出し、その極端なる例として、(1)同年一二月三日午前一〇時頃から正午頃まで、(2)同月四日正午頃から午後二時頃まで、(3)同月六日午前一一時三〇分頃から午後二時頃まで、(4)同月一〇日午後一時頃から午後三時四〇分頃までの四回にわたり何れも何処かに自転車に乗つて外出した事実がある。

(三)  同控室においてよく会社を誹謗し、幹部が会社の事態を心配していると「会社が潰れるのか面白いじやないか」と言つたり、又「自分を首にしたら会社を叩き潰してやる」等放言して常に反抗的言辞をはき、上司に対しても協調的でなく、他方若い人達を煽動したりなどして常に会社に対し非協力であつた。

(四)  同控室において待機中絶えず組合のための原稿を作成し、これを印刷物にして許可なく配付した。

(五)  放歌して作業秩序を妨害したことが時々ある。

右の各行為は賞罰規定第一四条第三、第六、第七及び第八号に該当している。

しかして債権者はこれより先昭和三一年五月四日職務怠慢のかどにより解雇されたことがあり、右の解雇は同年七月二五日示談により取り消されたので引続き雇傭されていたものであるが、その後表面上就業態度はあらたまつたものの内心釈然とせず、何時かその報復をなすべく期していたもののようである。それが自然に表面化して前記の行為として現れたのであり、しかも債権者は右示談に際し会社の業務命令に忠実に服従する旨誓約しながらそれをもふみにじつたのであるから、会社としては到底雇傭を続けることはできないので本件懲戒解雇をなしたのである。

三、本件解雇は以上の理由によるものであり、債権者の組合活動を嫌つてなしたものでないから不当労働行為にわたる点は全く存しない。仮に不当労働行為であるとしてもそれは単に取消しうべき行為であり無効をもつて論じらるべき事柄ではないのである。なお、債権者は解雇の無効原因として組合に対する支配介入をあげるが、そのような事実はないばかりでなく支配介入は債権者に対する解雇処分の効力に影響を及ばすものではない。

四、以上のとおりであるから本件解雇は有効でありその無効を前提とする本件申請は理由がない。」

(疎明省略)

理由

一、会社がその従業員たる債権者に対し昭和三一年一二月一三日附をもつて債権者主張の就業規則の一部として定める賞罰規定に該当するとして懲戒解雇の意思表示をしたことは当時者間に争がない。

二、会社は債権者に右賞罰規定に定める懲戒解雇の事由に当る行為があつた旨主張するからこの点検討する。

(一)  証人荒石忠雄、同永岡定市、同小倉菊子の各証言によれば、債権者が昭和三一年一一月末頃会社小野浜現場の控室において椅子を並べて横臥して仮眠し、机に寄りかかつて居眠りしたこと、又その頃衛生管理者の小倉菊子から横臥して仮眠することについて注意されたことがあることを一応認めることができる。しかして証人星野省司、同荒石忠雄、同南原千行の各証言によると、会社は棉花計量の取扱いと荷直しを業とし債権者は計量係の作業を担当するものであるところ、計量係は勤務時間中であつても継続的に計量作業を行うのではなく、棉花積載船の入港のない時などは、手をあけて次の仕事があるまで待機することがしばしばであるが、その際は控室に控えるならわしとなつていることが認められる。しかし作業にたずさわる労働者がその開始前或は相間に待機する際はいわば次の作業を待ちもうけているわけであるから、いたずらに待機の場所を離れずその場において休息をとり次の作業に備えることは待機時にとるべき望ましい態度といいうるところであるが、特別の規則或は待機の場所等の関係からして一定の規律を要請される場合は格別としてそれ以外はその休息の方法は各自の自由というほかない。本件においても債権者等計量係が待機するのは控室においてであり、同所において待機中雑談読書を通常とし、又他に机に寄りかかつて仮眠するものもあつたことは前掲各証拠によつて一応肯認できるし、それ等の行為を禁止するのを相当とする規則或は事情も見出し難いばかりでなく会社もこれまでこれ等のことを放任していたのであるから以上の休息の方法は許された待機の態度といいうる。債務者は、債権者が椅子を並べて横臥した点を特にせめているようであり、証人永岡定市、同小倉菊子は、このようなことは他の者をして不快の念を抱かさせる旨の各証言をしており、それは他の同僚等と共に使用すべき控室における仮眠の姿勢としては多少行き過ぎであつて、そのこと自体決して推奨すべきことといえないとしても、これがため債権者本人或は他の者の作業能率などに悪影響を与えたということの疏明もないのであるから、とりたてて非難、攻撃するに当らない。なお債権者が横臥を止められたことがあることは前記のとおりであるが証人小倉菊子の証言によれば、それは寝冷えにより病気にかかつてはいけないとの衛生管理上の注意がなされたのであることが認められるので、このことから控室における横臥は禁じられた行為であるとみるわけにいかない。

右によつて明らかのように作業係としての債権者の前示の行為はすべて非難するに値しない。

(二)  証人南原千行の証言及び債権者本人尋問の結果によれば、債権者が、(1)昭和三一年一二月三日午前一〇時頃から正午頃まで、(2)同月四日正午頃から午後二時頃まで、(3)同月六日正午頃から午後二時頃まで、(4)同月一〇日午後一時頃から午後三時頃まで何れも組合活動のため職場を離れたことが認められる。

しかして同年一〇月二四日債権者の尽力もあつて第一組合が結成され債権者が組合長に就任したことは債権者本人尋問の結果によつて認められ、翌二五日会社に対しその旨通知され同年一一月一日組合が団体交渉を申し入れて後一二月一三日に至るまでの間数回にわたり団体交渉を持つたことは当事者間に争なく、同年一一月一六日開催された団体交渉の席上就業時間中においても職場の責任者の承諾があれば組合活動のため外出を許す旨の了解がなされたことは成立に争のない乙第九号証の二及び債権者本人尋問の結果によつて一応これを肯認することができる。そして証人南原千行の証言によると、会社の休憩時間は正午から午後一時までであるから右休憩時間は論外として、債権者本人尋問の結果により前記四回のうち当初の三回はともかくあらかじめ所属係長にその旨申告して外出したが、第四回目は無断外出し事後に出先から電話で連絡して居所を明らかにしたにすぎないことが一応認められる。証人南原千行の証言中右認定に反する部分はたやすく信用できない。そうであるから右第四回目は無断でいわゆる職場離脱をなしたものといいうる。

(三)  証人永岡定市同南原千行の各証言によれば、債権者が同年一一月末頃右控室において同僚と談話中自己を解雇したら会社を潰してしまう旨広言し、又同年一二月一日業務命令として翌二日出社方所属係長から伝達された際、会社が潰れたら面白いじやないかと放言した事実があることが認められる。

(四)  債権者が控室において組合のための原稿を作成したとの疏明は足らないが、証人永岡定市の証言によれば債権者が同じ頃右控室において組合関係の文書を従業員に配付したことを認めることができるからその責を負わねばならず、又成立に争のない乙第九号証の一ないし五に証人南原千行の証言及び債権者本人尋問の結果によれば、債権者はこれ等組合関係の文書の作成に関与したこと及びこれ等の文書が従業員に配付されたことをそれぞれ一応認めることができるから、このような文書の作成に関与した以上その配付を目的としたものであり、債権者はその配付の責を免れることはできない。

(五)  放歌して作業秩序を妨害したという事実について疏明はない。

右(二)(4)、(三)、(四)の行為はその外形だけをとらえれば、就業規則に定める賞罰規定第一四条に懲戒解雇の事由として掲げられる「業務の多忙を知りながら故意に休業し又は正当なる理由なく規定の時間内に帰宅する等の行為の有つた時」(同条第六号)及び「会社の方針指示に違背し非協力的と認めた時」(同条第八号)(成立に争ない乙第七、第八号証)に一応該当するようにみえる。

三、それでは果して右の行為に対し就業規則を適用して懲戒解雇をもつて臨むことが正当であろうか。この点について考察することとする。

本件解雇は就業規則の適用としてなされたものであるが、それが法的拘束力を持つ以上会社においても客観的に妥当な適用をなすべき義務があり、その情状の判定を誤つた場合は事実の存否の認定を誤つたと同様に無効であるといわなければならない。

ところで、職場離脱は前記のように出先からともかく電話で連絡をとつて居所を明らかにして居り、その時間も比較的短時間であること、広言、放言はあつたけれども、そのなされた場所相手方との関連からみて軽率のそしりは免れないとしても、さして悪意のあるものともみられず会社の秩序を乱す程のものと考えられないこと、文書の配付行為は待機時におけるものもあるがその他は果して就業時間中かどうかを定めるべき疏明もなく、待機時のそれは、前記待機時の実情に徴して直ちに作業実施中のそれと同一に論ぜられないこと、以上の事柄に、なお、これ等の事実が生じたのは前示のように債権者も尽力して組合を結成し自ら組合長となつて奔走していたが、債権者本人尋問の結果によつて明らかなように債権者において組合運動にいまだ経験が浅く、そのことが一半の原因ともなつているとみるのが相当である点を考え合せるならば、債権者の前示の各行為は、その情状において軽微であると判断される。

債務者は、会社は経営不振で信用金庫の財産保全管理下にあり従業員としても職務に精励すべきことが要請される旨主張し、証人星野省司、同仁藤金三郎の証言によれば会社が須磨信用金庫の管理下にあることは認められるが、そのため従業員としても特段の勤勉が期待されているとしても、債権者の行為は右認定の程度であるから、いまだ右の判断を左右するものと考えられない。又債務者は、債権者の所為はさきの解雇が示談によつて取り消された際債権者が会社に差し入れた誓約に反する旨主張するが、成立に争のない乙第一号証の右誓約書の記載自体からは債権者の右認定の程度の所為でも解雇事由となる趣旨は読みとれないし、この誓約がどのような経緯によつてなされたものかの点の疏明もないからこれまた右の判断に影響を及ばさない。

そうであるから、債権者に対し警告を与える等他にとるべき何等かの方法があつたかどうかはしばらくおき、会社が債権者の前示の行為に対し直ちに解雇をもつて処断することは著しく苛酷というほかなく従つて本件懲戒解雇は就業規則の適用を誤つたもので無効といわねばならない。

以上のとおりであるから、債務者が債権者に対して行つた解雇処分が不当労働行為であるかどうかの判断をするまでもない。

四、わが国現下の社会経済状態の下にあつて労働者が従来の収入源である賃金の支給を絶たれては生活の途を失い本案判決の確定をまつては回復することのできない損害を被るおそれがあることは特に反対の疏明のない限り一応これを肯定するのが相当である。

しかして本件解雇の意思表示が発せられた当時債権者が手取平均賃金九、三五七円を毎月二五日支給されていたことは当事者間に争がなく、債権者本人尋問の結果によると債権者は両親と同居し父並びに次弟はそれぞれ多少収入を得ているが他に在学中の弟妹が三人あり債権者自身夜学に通つていることとあわせ考えればさして多額ともいえない右の賃金は債権者の日日の生活に欠くことのできないものとみるのが相当である。

そこで本件解雇の意思表示の効力を仮に停止すると共に昭和三一年一二月一日から同三二年三月末日までの手取賃金合計金三七、四二八円の支払と同年四月一日から本案判決確定まで一ケ月金九、三五七円の割合による賃金をその所定日である毎月二五日限り支払うべき旨の仮処分を命ずることとする。

そこで訴訟費用の負担について民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判官 前田治一郎 吉井参也 戸根住夫)

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